筑豊本線・冷水峠
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筑豊本線は、かつては石炭の積み出し港若松と筑豊炭田の中心直方、飯塚を結ぶ鉄道として明治20年代に開通し、その後は鹿児島本線の原田とを連絡する幹線となった。 筑前内野〜筑前山家間には25‰勾配が連続して、古豪D50やD60が奮闘していた。上に紹介した'71年当時も現在と同様に運行は篠栗線直通系統の方が圧倒的に多く、この区間の本数は殆ど変わっていないが、優等列車としてDC特急の”かもめ”が走っていたのが思い出される。 この日は、明け方前の一番列車で筑前山家駅に降り立ったものの撮影地も判らず、黙々と峠を目指し夜道を歩く十数人の同好の志の後を付いて行くだけだった。その内に一人抜け二人抜けして、遂に私一人となって彷徨った時は心細かった。 早朝の1本目1762レは撮影場所が確定しない内にやって来て取り逃がしたが、後は場所を変えつつ自分なりの構図で撮れたのが嬉しい。当時200円だった幕の内弁当を食べながら、C55を待っていたのが懐かしい。 |