
'71-3-25 筑前山家〜筑前内野
2764レ D50 205号機
|
筑豊本線は、かつては石炭の積み出し港若松と筑豊炭田
の中心直方、飯塚を結ぶ鉄道として明治20年代に開通し、
その後鹿児島本線の原田まで結ばれた幹線であった。
筑前内野〜筑前山家間には25‰が連続して、古豪D50や
D60が奮闘していた。上に紹介した'71年当時も現在と同様
に運行は篠栗線直通系統の方が圧倒的に多く、この区間
の本数は殆ど変わっていないが、優等列車としてDC特急の
”かもめ”が走っていたのが思い出される。
この日は、明け方前の一番列車で筑前山家駅に降り立った
ものの撮影地も判らず、黙々と峠を目指し夜道を歩く十数人
の同好の志の後を付いて行くだけだった。その内に一人抜け
二人抜けして、遂に私一人となって彷徨った時は心細かった。
当時200円だった幕の内弁当を食べながらC55を待っていた
のが懐かしい。
|